霊能者 吉野真琴のブログ

父方は源氏・母方は平家それぞれの血を引く霊能者。神職や僧を多く排出した由緒正しい家系に生まれ、およそ30数年の修業を経て霊能者・スピリチュアルコンサルタントになる。神界・天界・霊界に通じ龍神界とも深い縁を持つ。コンサルタント歴10年。地元岡山県はもとより広島・大阪・京都に多数のクライアントを持つ。50代。
父方は源氏・母方は平家それぞれの血を引く霊能者。神職や僧を多く排出した由緒正しい家系に生まれ、およそ30数年の修業を経て霊能者・スピリチュアルコンサルタントになる。神界・天界・霊界に通じ龍神界とも深い縁を持つ。コンサルタント歴10年。地元岡山県はもとより広島・大阪・京都に多数のクライアントを持つ。50代。

小さな支社の大どんでん返し!人は大切に

さて本日はちょっと志向を変えて「小さな支社の大どんでん返し!人は大切に」と題しまして吉野のお勤めしていたときの体験談をお話してみようと思います。



先日NHKの「サラメシ!」という番組で、出前を持っていった会社の方にお話を伺うというコーナーが有りまして。その日の収録はとび・土木の会社の社長さんに取材されておりました。



「この仕事の一番大変なところは?」

と番組スタッフに聞かれたとびの会社の社長さんは

「やっぱり人間だな、人だな。いま人間が足りないっていう世の中じゃねえか。人間粗末にしてたらよ、もうなんにもならないよ」

とおっしゃいましたよ。

これとびの会社だけじゃなくてどの業種やどの会社・組織・人間関係においても大切なことなんですよねえー。



いつか書きたいなと思っていたお話なんですがなかなか機会がなかったのですけれど、良い機会を頂いたと思いこの際ですから書いちゃいますね。



吉野は持病が悪化して45歳で働けなくなるまで、約10年余り交通誘導警備員をしていました。



Aという会社にお勤めしている頃、業績不安定でお給料が2ヶ月遅れになり先行き不安で悲鳴を上げていたのですが、ここに同じく警備会社のB社という会社が現れ、A社を買取って従業員もそのまま使っていただけることになったのです。私はA社の20人余の支社に勤務していました。



ところがこのB社の傘下になった途端、近い現場には出してもらえす毎日40kmは離れた遠い現場にばかり全員出さされてとても雑な扱いを受けていました。



支社長以下要職についてる人たちは、地元の現場に出してくれと嘆願し続けましたがまるっきりいじめのように遠い現場への派遣が続いたのです。



私は私で、とある夏祭りの現場でB社の教育部長というハタチそこそこの男性と仕事の行きがかりでトラブルになり、仕事終了後に1時間も説教と称してヒステリックに何度も同じ文言を繰り返して罵られ続けました、



それがもとでトラウマになった私は支社長に相談して、とある計画に加担するためその月のうちにA社を退職してC社という、新しく市内にできた会社に就職しました。



その後月が変わり、支社長含めA社総勢20名は一斉に退職、みんなでC社に移籍しました。私がひどい目にあったときには離反計画はできていたのですねー。



おかげさまでC社でのお仕事や人間関係は良好でとても良いお仕事ができたと今でも感謝しております。



冒頭でご紹介したサラメシ社長の言葉の通り、人間というのは無碍にせずに大事にしないと恐ろしいということを学ばせていただいた出来事でありました。







良い行いにせよ悪い行いにせよ、他人にしたことというのは必ず自分に戻ってきます。これを因果応報といいます。悪因縁は切るべし!といつも公言している私ではありますが、他人に対しては最低限粗末な扱いは避けたいと心がけております。



どうぞ皆様も他人を大切にして良い行いが巡り巡って自分に帰ってくるような良い因果をお受取りくださいね^^



吉野 拝

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